2011 10 18

10/23 「触れる」を知る

林先生の講座が無事終了したのもつかの間、
ラ・スイート神戸のイベントはあさって、
「大人の学び」秋講座・最終回も4日後に迫ってきました。

「家庭でできる植物ファクトリー」のレポート、
現在作成中ですが、いろいろ書きたいこともあるので、
もう少しお待ち下さいね。

そして次回講座のご案内、大変お待たせいたしました!

最終回には、美術家で多摩美術大学准教授
尹 煕倉(ユン ヒチャン)さんをお迎えし、
’「触れる」を知る’というテーマでワークショップを行っていただきます。

学生さんに対しては、普段から講義をされている尹さんですが、
一般向けのワークショップは、あまり機会がないそう。

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美術家としての尹さんの作品は、素材が「陶」。

陶器と同じく、粘土を焼成して作られていますが
それはあくまで「陶」です。

そして、焼成した土を素材とした「陶粉」を用い、
絵とは言い表せない、「陶粉画」なる作品も制作されています。
(このあたりは、当日詳しく解説していただきます。)

「四角」であること、その場所に「ある」こと。
尹さんの作品は、多くの意味を暗に指し示しながら、
あまり多くを語ろうとはしません。

その中から断片を一つずつ拾い上げ、
時間をかけて意味を見出そうとするうちに、
私たちはいつの間にか、尹さんの作品を思い返すようになっています。

あまり主張することなく、その場に溶け込むような作品や空間の提案。
それを読み解くのに必要なものは何か。

526.jpg

今回キーワードにしたのは、「微細な触覚」。

私のイメージとして、
尹さんの作品にもつ印象は「かすかな違い」です。
「わずか」ほどもない、「かすか」な違いに気付くためには
こちらが研ぎ澄まされた状態でなければ、通り過ぎてしまうほど。

そんな作品を発し続ける「微細な感性」をお持ちの尹さんに、
「微細な触覚」について、お話いただくことになりました。

当初は他の講座に合わせ、
持ち帰っていただくアイテムがあった方がとも考え、
粘土セットを使った造形レッスンを予定していました。

しかし、テーマについてお話を重ね、
より内容を理解していただくのに最善の方法を考える中で、
「持ち帰る」ということにこだわらない方がといいのではと、
ユンさんから「触覚ピース」なるものをご提案いただきました。

522.jpg

そして贅沢なことに、
今回のために大量の陶板を制作して下さることに!
(12回の窯焚きが必要だったそうです・・・。)

持ち帰っていただくことはできませんが、
この触覚ピースと陶粉を使って、さまざまな方法で
「触れる」ことの体験を行います。

523.jpg

尹さんの制作も、「触れる」ことから始まります。

土をこね、形を作り、表面を滑らかにし、
その仕上がりを指で確かめる。

一見、私たちも同じように、
日常的に指先を使っているように思えます。

パソコンのキーボードやタッチパネル、
ピアノやそろばんなど、あらゆるものに触れ、
目で見なくともその違いを認識し、押したり弾いたりしています。

けれど、感じているのは機械や楽器などの道具。
私たちは、ボタンや鍵盤の位置を正確に覚えられれば、
あとは道具の方が機能的に反応してくれます。

それは、「当てる」とも言いかえることができ、
位置が変わってしまうとまったく機能しなくなるような
いわば、受動的な触覚。

だとすれば、「触れる」ことの本来的な意味を有し、
こちらが積極的に感じることのできる、
能動的な触覚とは何でしょうか。

524.jpg

それは、対象の変化を読み取る能力。
日々変化する温度や湿度を指先で感じ取ることのできる力。

「陶」を作る上では、それらに対応して
窯の温度を調整したり、釉薬の配合を変えたり。
植物の体調を知る上では、花や葉に触れ、
水をあげたり、茎を切り戻したり。

原初的でありながら、現場でお仕事をされている方には
ごく当たり前の感覚かもしれません。
そんなことを考えながら、「触れる」ことをあらためて
知っていただくための講座にできればと思っています。

参加者のみなさん、お楽しみに!!

イベント詳細はコチラ
posted by クラタ at 23:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 大人の学び
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