2011 03 26

わかっていること

わかっていること。
わかったつもりになっていること。

知っていること。
知ったつもりになっていること。

EARTH DAY1

今日、大阪・八尾市の久宝寺緑地公園で開かれていた、
Happy Earth Day OSAKA 2011

そのトークイベントに急遽招かれた、仙台こけしぼっこの山田泉さん。
直前にお話していた時の、明るい笑顔からはほど遠く、
語り始めた瞬間から、表情が一変した。

平静を装おうとしてみても、声が引きつり、涙があふれる。
天災を免れた家族や自宅に対し、手放しに喜べない地域の現状。
力になりたいという思いを拒まれ、疎外感や無力感を味わう日々。

今、兵庫県の実家へ戻っている彼女は、
友人から託されたメッセージとともに、
自分にできることをしっかりと見据え、ここへやって来ていた。

EARTH DAY2

あたたかい陽のあたる午後。
穏やかに笑い合う家族。
これも現実。

見る影もなく変わり果てた街並み。
泣き叫び遺体を捜し続ける人々。
これもまた、現実。

EARTH DAY3

あまりに両極の出来事を数日のうちに体験することが、
彼女の精神にどういった作用を及ぼしているのか、わからない。
ただ、わかることは、私は何も知らなかったということ。

毎日目を凝らして見ていた、テレビから流れる映像。
悲痛な声を聞いては涙し、知っている気になっていた。
けれども、街全体を覆う空気を直に感じ、生々しい声を直に聞いた時、
一体自分は何を思うのか。何ができるのか。

ここ最近、誰もが何となく浮ついたようなナチュラルハイになっていた。
何かやろうよ!できることしたい!考えなくちゃ!
泉さんの言葉と涙で、釘を刺されたような気がした。
そして、後ろめたさから、互いに少し解放されたような気もした。

― 言葉が通じるのだから
― 近い距離なのだから
― お金もかからないのだから

― 街がきれいに整う前に
― 祈念碑を拝む前に
― 映像を全てだと思い込む前に

今見に行かなくては、きっと一生知る機会がない。

自分は何一つわかっていない。
自分は何も知らない。
と、いうことを知る機会が。

「Happy」の文字が、空に泳いでいた。
posted by クラタ at 20:04 | Comment(2) | TrackBack(0) | 植物のいろいろ
この記事へのコメント
NPOの男性が死体を収納出来る場所を、やっと探し納めたあと
車に戻り、リクライイングシートに身を横たえた瞬間、
悲しくないのに涙が出て.......と話しているのを、私はTVで
観ていました。
悲しさや むなしさは 涙より深いところからあふれてくる
私は 膝を抱えて 何もしていない私に泣きました。
Posted by 坪  文子 at 2011 04 14 15:59
坪文子さま

今本当にみんなが苦しい心境にある中で、
「泣ける」というのは、大切なことのように思います。

VTRがその手助けになったこと、
また次の何かにつなげていくことで
前に進んでいきたいですね。
Posted by クラタ at 2011 04 14 20:58
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