2010 04 10

ねっこぼっこ

3通りの翻訳文、違いはいかがだったでしょうか?
それぞれの人物についても、順番になぞっていきたいと思います。

ねっこぼっこ1
     ジビュレ・フォン・オルファース(文・絵)
     生野幸吉(訳)
     福武書店 1982 Amazon

日本ではじめてハードカバー絵本として登場したのは、
原作が出版されてから80年近く時を経た、1982年のことでした。
邦訳を手がけたのは、「アリス」シリーズや「赤ずきん」、
リルケの著作を翻訳していたことで知られる、
ドイツ文学者で詩人の生野幸吉(しょうのこうきち)さん。

この本はすでに絶版になっていますが、
今も復刊を熱望するファンが多く、古本は自然と高値に。
その原因は、親しみやすい文体と、くるくるした字体にあるようです。
本文はタイトルほどくるくるではないですが、
丸みを帯びたもので、文字列の配置にもこだわりが見えます。

そして、『ねっこぼっこ』というタイトルも、生野さんのオリジナル。
小さい子どもを示す「おぼこ」は、東北弁では「ぼっこ」になるらしく、
「ねっこ」に対して語感がよかったからか?
それとも、仙台で暮らしていたからか?
わかりませんが、とにかく口にしやすい素敵なネーミングです。

私個人の単なる想像に過ぎませんが、
生野さんは宮沢賢治の詩の世界を敬愛し、研究もしていたので、
彼の童話『ざしき童子(ぼっこ)』から取ったような気がします。

根っこのこどもたち目をさます
     ヘレン・ディーン・フィッシュ(文)
     ジビュレ・フォン・オルファース(絵)
     石井桃子(訳)
     童話館出版 2003 Amazon

そして、次に登場したのが石井桃子さん。
すでにせいめいのれきティッチでも登場しているように、
日本を代表する翻訳家であり、児童文学作家です。

有名なところだと、「ピーターラビット」や「くまのプーさん」、
ディック・ブルーナの「うさこちゃん」シリーズの翻訳など。
101歳の生涯を終えるまでに、膨大な数の作品を遺しています。

学生時代から菊池寛の助手をしていたつながりで、
文藝春秋社に勤めていたある時、プーさんシリーズの
『The House at Pooh Corner』という本に出会い、
欧米の児童文学を日本に広めていきます。

その後岩波文庫では、「岩波少年文庫」の企画編集、
「岩波の子どもの本」を創刊、自宅には子どものための
私設図書室(家庭文庫)を開いていました。

石井さんが子どもたちへ向けて書かれた
メッセージにこんなものがあります。

  子どもたちよ
子ども時代を しっかりと
       たのしんでください。
  おとなになってから
  老人になってから
あなたを支えてくれるのは
子ども時代の「あなた」です。

彼女はまた、太宰治が憧れていた人物としても知られています。
              
ねっこぼっこ2
     ジビュレ・フォン・オルファース(文・絵)
     秦理絵子(訳)
     平凡社 2005 Amazon

最後はシュタイナー学園校長で、オイリュトミストの秦理絵子さん。
イギリスに、シュタイナー教育関連の出版を手がける
Floris Booksという出版社があります。
そこでもオルファース絵本は主力商品となっています。

そして秦さんは小さい頃、生野幸吉さんとご近所同士で、
生野さんの自宅で奥様にピアノを習っていたことから、
童話や絵本の翻訳本をいただくような間柄だったそうです。

シュタイナー教育実践者に、オルファースは人気があるようなので、
どこが本来のきっかけかはわかりませんが、
彼女は、2003年に初めてオルファース作品の翻訳本を出版し、
現在のところ、全8冊のうち6冊を翻訳しています。

その2003年のちょうど同時期に、
石井さんの『根っこの子どもたち目をさます』も出版されています。
こちらは原文ではなく、アメリカで発売される際に再構成された、
ヘレン・ディーン・フィッシュによる英文を元に、翻訳されています。

引用した3人の文やタイトルからもわかるとおり、
他の2人が詩文のように表現されているのに対し、
石井さんの方は物語風に、文章として書かれています。

原文とは異なる訳文で、新しい世界観を作り直すということは
翻訳の世界ではめずらしくないようですが、
もとの作品と比べて雰囲気が異なる場合もあり、
そんな事情を今まで頭に入れて読んだことがありませんでした。

なので、本来比較対象となるのは生野さんと秦さんになりますが、
私は断然生野さんの文体が好きで、ご縁があったとしながら
なぜこんなにも味気なく変えてしまったのかなと疑問をもちました。

よくよく考えると、オルファース作品は今までにもいくつか邦訳版があり、
他の訳者は生野さんではなく、すでにすべてが絶版になっていました。
その上で、一つの出版社からまとまった形で発行されるにあたり、
出版社が違うので転用はできず、「異なる」表現が必要だったのかと。

石井さんはもともと英語が専門なので、原文から訳すという機会は
なかったにしても、英文からは忠実に訳されていたと思います。
2005年に秦さんの『ねっこぼっこ』が発行された時、
2人が何を思ったのか、気になるところです。


「WHEN THE ROOT CHILDREN WAKE UP」へまだつづく)
posted by クラタ at 23:57 | Comment(1) | TrackBack(0) | 植物の本
この記事へのコメント
ありがとうございます。
『ねっこぼっこ』(平凡社版)にまず出会い、題名になじめず、絵と文との違和感にもどかしさを感じ、石井桃子さん(岩波書店)、生野幸吉さん(福武書店)と読み比べてみました。
それでも、もやもや感が残り、「ぼっこ」などという方言があるのかとの疑いすら感じ、ネットをうろうろしていて、この記事に行き当たりました。
訳文の違いについて、おかげさまで腑に落ちました。
それにしても、オルファースの他の作品に比べても、この表紙の色調の暗さ、「ねっこぼっこ」というタイトルのわけのわからなさが、とても残念に思います。私は小学校の学校図書館で子どもたちに本を手渡す仕事をしていますが、「根っこの妖精のおはなしだよ。」と、明るいページを見せて、紹介しています。表紙を見せて展示しても、手に取ろうとする子どもは、少ないと感じます。出版社は、だれのために復刻するのかなと疑問に思わざるをえません。
(すみません。初対面のコメントでもやもやのはけ口にしてしまいました。失礼いたしました。)
Posted by シマ at 2014 01 26 02:23
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/37030407
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック